The Heart of the Tree
5 懐かしの動物園

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 日曜日が訪れ、俺は茜とのデートに出かけた。行先は隣の市にある動物園で、俺たちが住んでいる街からは、電車で40キロほど離れた場所にある。白いトレーナーにジーンズ姿の俺は自転車に乗って待ち合わせの駅に向かった。俺の愛車は銀色のクロスバイクで、高校合格のお祝いとして祖父に買ってもらったお気に入りの自転車だ。  駅に到着し、自転車置き場に自転車を停めていると、後ろから「おはよう」と茜の声がした。白いママチャリに乗った茜は、いつも束ねているセミロングの髪を今日は束ねていない。薄い水色のシャツに紺色のロングスカートという装いの茜は、いつもの制服とは違った雰囲気で可愛い。  茜と並んで駅舎まで歩き、切符を買って改札を通った。通勤客も通学客もいないホームの人影は疎らで、乗り込んだ車両にも乗客は十人程度しか居なかった。俺たちは四人掛けのボックス席に向かい合わせに座るとおしゃべりを始めた。  電車内での話題はもっぱら学校のことだ。日頃、学校では口にできず、スマホでも伝えきれていない情報を交換する。友達のこと、先生のこと、とあるカップルのこと等、お互いに話は尽きなかった。茜と顔を合わせて長話をするのは久しぶりで、俺は榎さんのアドバイスの真意をようやく理解した。  電車を乗り継ぎ、約一時間かけて最寄りの駅に到着した。茜はリュックサックから取り出した可愛らしいデザインの麦わら帽子を被ると、二人分の弁当が入っているであろう手提げ袋を笑顔で俺に差し出した。 「持ってくれる?」 「了解」  俺たちは駅から十五分ほど歩いて目的の動物園にたどり着いた。俺がこの動物園に来るのは小学六年生の時以来だから約六年ぶりだ。入口付近は、ほぼ俺の記憶と変わらない懐かしい光景が広がっている。  小学生時代の俺は動物が大好きで遊園地に行くよりも動物園に行く方が楽しかった。しかし、自分たちの住んでいる市には動物園が存在せず、この動物園が自宅から最も近くにある動物園だった。  自動車で訪れるにしても一時間はかかるので、気軽に来られる場所では無かったが、親にせがんで年に一回程度は連れて来てもらっていたものだ。中学生以降に動物が嫌いになったわけでは無いが、部活や友達付き合いが忙しくなり、家族と一緒に出掛ける機会が激減したため、動物園に行ってみようと考えたことさえ無かった。  このたび、茜と二人でデートの行き先を考えた時、ふと、昔は大好きだったこの動物園のことを思い出した。それを茜に伝えたところ、茜も動物好きでありながら、同じような理由で小学生の時以来訪れていないことが分かり、久しぶりに行ってみようという話になったわけだ。  入場券を買い、門をくぐるとフラミンゴ、レッサーパンダ、プレーリードッグという具合に定番のルートに沿って柵の中や飼育舎しいくしゃを見て回った。シマウマがのんびりと草を食み、マレーグマは愛嬌たっぷりの仕草をしながらおりの中を忙しく歩き回っている。  どの動物も可愛いらしく、茜もご機嫌でいい感じだ。のんびりと三〇分ぐらい園内を巡ったところで、約五〇メートル前方にオーラが見えた。そこに樹木は無いが、オーラの正体は分かっている。俺に気付いたオーラの主が大声を発した。 「ウォッ、ウォッ、ウォッ・・・」  声の主は「ボス」という名前のゴリラの雄で、俺のことを呼んでいる。そう、まれに動物の中にも能力を持つものがおり、その動物は人間ともテレパシーによる会話ができるのだ。能力を持つ動物は例外なく知能が高く、自分の耳で聞いた人間の言葉も理解できる。そして、人間の会話を傍聴ぼうちょうして、驚くほど多くの知識を習得している。

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