The Heart of the Tree
1 ある日の放課後

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 4月中旬のある日の放課後、俺は学校の裏庭にあるテニスコートを駆け回っていた。高校総体の地区予選が2週間後に迫っており、今週が最後の追い込みどころなのだ。2年生だった昨年は、あと一歩のところでシングルスの中国大会出場を逃した。そのため、今年は是が非でも中国大会に出場し、そこでひと暴れするというのが俺の目標だ。  頑張っているのは俺だけではない。俺は硬式テニス部のキャプテンでもあるが、この1年間、俺以外の部員も厳しい練習によく耐えてきた。その成果もあって部員全員の実力が確実に上がり、10年ぶりとなる団体戦での中国大会出場も十分にチャンスがある。キャプテンとして、部全体が活気に満ちていることは嬉しい限りだ。  その時、学校の裏山に生えているえのきの老木が俺の心にメッセージを送ってきた。杉やひのきなどの高い樹木に邪魔されて見えにくいが、裏山の雑木林を50メートルほど入ったところに立派な榎が生えているのだ。樹齢700年というその老木を俺は「えのきさん」と呼んでいる。 「卓実たくみ、今日は体調が悪いだろう。無理をせずに帰りなさい」 「少し風邪気味なだけだ。大丈夫だよ」  そうなのだ。俺には木の精霊せいれいとテレパシーで会話ができるという特殊能力がある。精霊の宿る樹木は白っぽいオーラに包まれており、学校の裏山でオーラが見える樹木は榎さんだけだ。もちろん、そのオーラは俺のような能力者にしか見えない。 「今すぐ練習を中止しなさい。帰って眠れば大事には至らないから」  榎さんは木の精霊が持つ特殊能力により、俺の体調の変化を感じ取っているわけで、下手な医者よりも的確なアドバイスであることは理解している。しかし、大会が近い中、キャプテンとして部全体を引っ張るという責任もあるし、俺自身が今週はトコトン追い込んだ練習をやっておきたい。  風邪気味ではあるが体はよく動くし、今日よりも体調が悪い状態で練習したことなんて何度でもある。木の精霊は人間に生命力を与えるという特殊能力もあり、俺はその生命力のことをパワーと呼んでいる。俺は榎さんにパワーを送るようにお願いして練習を続けることにした。 「キャプテンの俺が帰るわけにはいかない。榎さんのパワーで何とかしてよ」 「ウイルス性のしつこい風邪に感染しているみたいだ。ワシがパワーを送っても、卓実が体を休めないのなら効果は薄いよ」  俺が練習をやめないので、榎さんは説得を諦めてパワーだけを送ってくれた。俺は榎さんの忠告を無視して日が暮れるまで練習を続けたのだが、その日の夜から高熱を出し、学校を2日も休むハメになった。榎さんからパワーを貰っていなければ、一週間ぐらいは寝込んだかも知れない。  3日後の放課後に部活に行くと案の定、榎さんが俺にメッセージを送ってきた。 「ほら、言っただろう」 「あー、榎さんの忠告を聞くべきだった。後悔しているよ」 「今日は軽い練習にしなさい。無理をするとぶり返すよ」 「了解」 「ところで卓実、最近は部活ばかりに熱を入れてあかねを構っていないだろう。このままだと関係は終わるよ」  茜は同じ学校の同級生で俺の彼女だ。ブラスバンド部の部長をしている彼女も部活が忙しく、最近のデートと言えば、春休み中にファミレスで昼ご飯を食べたのが最後だ。今はクラスが違うが、毎日、学校で何回か顔を合わすし、スマホで話をしたり、メッセージを交換しているので問題はないと思っていた。しかし、榎さんに言わせれば男と女では感覚に違いがあり、俺の気遣いは足らないそうだ。  同級生の女子約100人の中には、茜よりも男子に人気がある女子が数名いるが、茜の人気もトップクラスで、おまけに性格も良いので俺には勿体無もったいないぐらいの彼女だ。俺が茜と付き合えているのは榎さんのお陰なので、その榎さんに「関係は終わるよ」と言われれば、アドバイスを無視できるはずもない。  俺は榎さんのアドバイスを聞き入れ、次の日曜日に茜とデートに行く約束をした。榎さんのアドバイスが無ければ、病欠による練習不足を取り返すために、休日返上で一日中テニスの練習をしていただろう。

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