The Heart of the Tree
11 大銀杏さん

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「ただいまー。腹減ったー」 「まだ、ご飯はできていないから先に風呂に入って」  母に飯を催促したのだが、先に風呂に入るように言われ、俺は仕方なく風呂に入った。急いで上がったところで飯はできていないことを悟り、ゆっくりと湯舟に浸かることにした。  庄屋家には築100年を超える大きな屋敷があるのだが、そこには俺の祖父母だけが住んでおり、俺と両親と妹の四人は同じ敷地内に父が建てた現代風の家に住んでいる。時々、祖父母の屋敷に行って祖父母と一緒に食事をすることもあるが、日頃の生活は別々だ。  かつては屋敷の周りの相当な範囲の土地が庄屋家の所有地だったらしいが、明治以降にいわゆる「お家制度」が廃止され、それまでは限定的だった分家に土地を分け与えるという行為が当たり前になった。そのために庄屋家の本家の所有地は半減し、戦後の農地改革で残っていた農地の大半を小作人に譲り渡したために「少し土地が広いだけの農家」になったそうだ。  祖父母は先祖代々引き継いできた田んぼと畑を守る専業農家として暮らしてきたが、俺の父は「農家を継ぐ気は無い」と言い、会社員生活を経て、電子部品を製造する会社を立ち上げて経営している。母は父の会社の経理担当だ。  一昔前であれば農地の売買や転用は規制が厳しかったらしいが、近年はハードルが下がっており、どこのロードサイドへ行っても農地がどんどんと住宅や店舗に変わっている。父が農家を継ぐ気が無いので、祖父母は農地を買いたいとの話があれば条件次第で応じている。また、近年は年老いて来たこともあって、自家用と親戚にお裾分けするぐらいの米と野菜しか作っていない。  父が経営する会社は我が家から10キロほど離れた場所にあり、父がその場所に会社の工場兼事務所を建設して約10年になる。労働者30人程度の小さい会社なので、我が家の休耕田に会社を建てることも可能であったが、父がその場所に会社を建てたのは理由がある。  理由は父の信頼する木の精霊である「大銀杏おおいちょうさん」が宿る銀杏の大木が会社の隣の公園に生えているからだ。大銀杏さんは高さ20メートルを超える巨木で、中心となる太い幹以外にも根元付近から枝分かれした幹がエノキダケのように何十本も上に向かって伸びており、根本の外回りは優に10メートルを超える。その姿は拝みたくなるほど神秘的だ。  精霊が宿る樹木が近くにあれば、父自身も社員も度々パワーを貰うことができる。また、父の会社の駐車場と玄関は大銀杏さんから見渡せるように設計されている。したがって、大銀杏さんは会社に出入りする社員、取引先の社長や営業マン等の全ての人間の性格や心情を把握できる。  父は社員の採用や昇進、取引先の選別、商談の諾否等のあらゆることについて、大銀杏さんに相談し、アドバイスを受けているのだ。そのお陰もあって、会社の経営は上手く行っているらしい。

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