The Heart of the Tree
6 能力を持つゴリラ

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 ボスは立ち上がっており鉄格子てつごうしを揺らしながら興奮して吠えている。ボスが怒っている理由は全く見当も付かないが、凄い迫力なので近くにいた子供達は泣いて逃げ出し、大人も檻から距離を取った。 「あのゴリラ怖いね」  茜はそう言って檻から30メートル以上離れたところで立ち止った。この状況でゴリラに近付く者は変わり者としか思えないが、俺は近付かなくてはならない。能力の事は茜に話せないので、もっともらしい説明が必要だった。 「あのゴリラは頭が良くてね。六年ぶりなのに俺の事を覚えていて、何故か俺に怒っているみたいだ」 「まさか・・・」 「なだめてくる。そこで、待っていて」  俺がボスに近付くと怒っているボスは俺にメッセージを送ってきた。 「おい、三年くらい前、お前の親戚のおばさんに頼み事をしたのに、何の連絡もよこさない。どういうことだ」 「何も聞いていないけれど、俺でよければフォローするよ」  俺はボスの目を見て、真剣に、そして冷静にメッセージを返した。するとボスは俺を信頼してくれたのだろう。吠えるのをやめて大人しくなった。親戚のおばさんというのは俺の大叔母、つまり祖父の妹で能力者である「信子のぶこおばさん」のことだ。 「知ってのとおり、俺は昔からお前の親父ともおばさんとも顔見知りだ。五年前、俺の息子は名古屋の動物園に寄贈された。達者でやっているとは思うが、親としては当然に気掛かりだ。三年前、たまたま、お前のおばさんが孫を連れて動物園に来た。俺の息子も特殊能力があるので、おばさんと会話が可能だ。そこで、名古屋にいる息子に俺と妻が元気であることを伝え、息子の近況を確認して来て欲しいとお願いしたら了承してくれた。それなのに三年経っても返事が無い」  ボスは悲しそうに愚痴を伝えてきた。俺の祖父は六八歳だが、信子おばさんは一〇歳も年齢が離れており、現在五八歳だ。歳が同じくらいの旦那は、ある自動車会社の幹部としてバリバリに働いているのだが、経営危機が発覚したアメリカの関連会社を立て直せと命じられ、約三年前に突然アメリカに飛ばされた。  信子おばさんも一緒にアメリカに行ってしまい、以来、正月ぐらいしか返って来ない。そういう事情があって、約束を果たせていないらしい。俺はそのことをボスに説明し、代わりに俺が約束を果たすので夏休みまで待ってくれと伝えた。  ボスは事情を理解し、信子おばさんの一件を許してくれた。周囲で見ている人間には、俺とゴリラがただ見つめあっているようにしか見えないだろうから、さぞかし滑稽こっけいな様子だろう。  ボスが茜に視線を移して俺に言った。 「お前と彼女は相性がいいな。結婚すると上手く行くぞ」 「そんな事が分かるの?」 「ああ。ゴリラ同士が使う言葉は掛け声程度のもので、ほとんどは表情や仕草でお互いの意思を伝えあっている。動物はそれができるからこそ、言葉が無くても群れで生活したり、共同で狩りをしたりできるわけだ。俺じゃなくても、動物は人間のポーカーフェースや作り笑いの裏に隠れた喜怒哀楽や好き嫌いの感情は正確に見抜く」 「なるほどね」 「俺は、これまでの二十数年間の人生? いや、ゴリラせいで凄い数の人間を見ている。延べ百万人を超えるだろうし、何万組というカップルも見ている。普通の動物は人間に見られているだけだが俺は違う。俺が人間を観察している」 「そうだろうね」 「俺よりも人間の性格や感情を見抜ける奴はいない。有名な占い師でもメンタリストでも、俺より沢山の人間を観察しているわけがない。人間の性格、感情、相性なんかを見抜く能力は信用してもらっていい」 「説得力があるなあ」 「何かお礼がしたいな。そうだ、動物と心が通じる男はモテるぞ。女性はそういう人間は優しい心の持ち主だと勘違いするからな。お互いの能力がバレない程度に俺とお前で、彼女に何かをやって見せようじゃないか」 「勘違いは余計だろ」 「失言だった。優しい心の持ち主だと気付くのだよ」 「歯が浮くようなセリフだな」  俺は思わず笑ったが、ボスも「フォッ、フォッ、フォ・・・」と言いながら、楽しそうに数回手を叩いた。誰が見ても先程の怒ったゴリラと違って喜んでいるのが分かる。茜が俺に寄ってきた。 「卓実君、ゴリラと会話しているみたい。何か凄いね」 「あー、やっぱり俺を覚えていたみたいで、長年来なかったことを怒っていたんじゃないかな。謝ったから許してくれたんだと思う」  俺はボスに「小細工は不要。君との約束は果たすよ」とのメッセージを送り、さりげなく敬礼を返すボスと別れた。

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