The Heart of the Tree
15 憂鬱

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 学校に行っても楓の事が気になって授業どころではない。休憩時間になる度、母にスマホで通話を試みるも、携帯端末の電源を入れられないエリアにいるらしく、なかなか繋がらない。昼休みになって、ようやく母からのメールが確認できた。頭蓋骨のひびと脳内の微量な出血以外に大きな問題は見つからなかったが、経過観察が必要らしい。麻酔で眠らされたままだが、今のところ命に別状は無いと書かれており、少し安心した。  ひき逃げ事件があったことは朝のテレビニュースで報道され、楓の名前と併せて、ひき逃げ車両の色は白だったとの情報があると公表された。警察発表の際に被害者名を伏せることも可能だったが、目撃情報を集めるためには名前を公表した方が良いとの警察の提案に父が同意したために実名報道になった。理由は分かるが、俺の憂鬱な気分は妹の実名報道により増幅された。  俺と同じ小学校出身で楓とも顔見知りの者がクラスに何人かいるので、俺が被害者の兄だということはクラスの大半の者に知れ渡っている。しかし、誰も事件の事に触れなかった。明らかに俺との接し方が不自然になっている友人もいたが、自然に接しろという方が無理な話で、皆の心遣いが有難かった。  茜だけはテレビニュースの直後に電話があったので、状況を説明し、「気が動転しているので、俺の態度や発言がおかしかったらゴメン」と先に謝っておいた。  病院に行っても面会はできないというので部活に出ることにしたが、集中できるわけもなく、試合形式の練習に参加することは諦めた。榎さんは俺の相談に乗ってくれたが、「楓ちゃんに近付かなくてはパワーを送れないのですまぬ」と申し訳なさそうに言うのみであった。  その翌日に良い知らせと悪い知らせがあった。良い知らせは楓の意識が回復したというものだ。まだ、容体が安定したと言えるレベルに至らず、会話もできる状態では無いが、簡単な意思疎通は可能になったそうだ。医師から麻酔が覚めても、必ずしも意識が回復するとは限らないと言われていたこともあり、喜んだ母がさっそく俺にメールで知らせてきた。  悪い知らせは父から電話で聞いたものだ。警察に捜査状況を尋ねたところ、犯行車両の特定に手間取っていると言われたそうだ。事故のものと思われる急ブレーキの音や走り去る車のエンジン音を聞いたという者は現れたが、犯行車両の特定に至るような目撃情報は無いとのこと。  目立った遺留品が少ないという話は事故現場でも捜査官から聞かされていたが、楓の怪我は転倒して道路に打ち付けられた際に負傷したもので、車両と衝突した際の衝撃は限定的なのだそうだ。  そのために犯行車両の損傷はほとんど無いと推定され、車両の破片どころか、自転車や衣服への塗料の付着さえ見つからないのだそうだ。大きなブレーキ痕が残っているが、分析によると大手タイヤメーカーの売れ筋のタイヤだそうで、普通自動車という以上の絞り込みはできないとのこと。  犯行現場から5キロ以内に設置されたあらゆる防犯カメラを確認し、事故発生時刻の前後1時間以内にカメラに映った白い車両を全て特定したが、いずれもアリバイがあるのだそうだ。事故現場から5キロ以内が駐車場所になっている白い車両もシラミ潰しに当たったそうだが、そちらも疑わしい車両は見つからなかったという。  警察は犯人がカメラの設置されていない農道等を利用して逃走した可能性が高いと推測し、捜査範囲を広げて犯行車両の特定に全力を尽くすと言ってくれているらしいが、こんな田舎の町でも事件や事故は次々と起こっている。警察も忙しいはずであり、幸いにも死亡事故にはなっていないので、捜査は後回しだろうなという印象を持った。  俺の憂鬱な気分はまだまだ晴れそうにない。楓をひき逃げした犯人が実に忌々しい。

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