コヒガンザクラが咲く頃に
第2章 ナオキ 4

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   ナオキが田所さんの腕を後ろからつかんで、ねじ上げていた。 「いててて……」 「嫌がってるだろ。待ち伏せするなんて卑怯だぞ」 「なんだ、お前、離せ!」 「マスターに頼まれたんだ。あんまりしつこくすると、店に出禁どころか、ブンチョウを歩けなくなるぞ」  ナオキはねじ上げた腕を離さない。 「もう二度とこの子に近づくな。いいな」 「痛い、離してくれ。わかった、わかったから」  泣きそうな声で田所さんが言うと、やっとナオキは田所さんの腕を離した。  「お、覚えてろよ」  最後に田所さんは捨て台詞を吐くと、裏通りに消えていった。 「大丈夫か?」  ショックで凍りついている私に、ナオキが声をかけてくれた。つかまれていた腕がヒリヒリした。 「ありがとう。助かった。マスターが、頼んでくれたの?」 「ああ、あれは嘘」 「嘘?」 「お前最近、あの客が来ると困った顔してただろ。さっき、店の前を通ったら、あいつが店に入らず中を窺っていたから、気になって跡をつけてみたんだ」 「そうなんだ。ほんとにありがとう」 「これからは、こうなる前にマスターに相談しろよ。うまく対処してくれるから」 「うん。でも、あのお客さん、最初の頃に指名してくれた人なんだよね。なんだか、申し訳ない気持ちがあって……」  そう私が言うと、ナオキは怖い顔で言った。 「そんな情をかけて、自分の身に何かあったら元も子もないぞ」 「うん、そうだよね……。これからは気をつける」  素直に答えたら、ナオキの表情が柔らかくなった。 「ほら、送っていくから」 「え? いいよ」  私は慌てて断った。 「なんでだよ?」 「えっと、送り狼になられたら困るから」 「ばーか、誰がなるか」  本当は、古いアパートを見られるのが恥ずかしかった。でも、また田所さんが現れたら怖いから、送ってもらうことにする。 「ほんとはね……。あの、びっくりしないでね」 「何に?」 「すごくボロいアパートに住んでるから」 「なんだ」  そんなことかと笑ったナオキは、目尻が細くなってとても優しい顔になることに初めて気が付いた。  次の日からしばらくの間、また待ち伏せされたら危ないからと、ナオキは毎晩私を送ってくれた。  誰かと一緒におしゃべりしながら帰るっていうのは、温かい気持ちになるものだ。  話すのは私ばかりで、ナオキはあまり話さなかったけれど、それでもときどき相槌を打ってくれたり、笑ってくれたり、そういうのが嬉しかった。  ナオキの笑う声が、私には心地良かった。仙台で、私はひとりぼっちじゃないんだと思えた。  だから、田所さんがお店に現れなくなってしばらく経ち、「もう大丈夫だな」とナオキが送るのをやめたとき、私は少し寂しかった。    それから何日かして、神社の前でおっちゃんとタバコを吸っているナオキに会ったときのことだ。 「お前、明日の夜、暇か?」  明日はお休みだった。 「うん」と答える。  そういえば、ナオキは私を名前で呼ばない。いつも「お前」と呼ぶ。ちょっとむかつく。私の名前なんて、覚えていないのかもしれない。 「じゃあ、夜八時にここに来い」  なんだろう。有無を言わさぬ感じだったので、わかったと答えてしまった。 「何するの?」と聞こうかと思ったけれど、明日になればわかることだからやめておいた。  それから鳥居をくぐったけれど、二人がたばこを吸いながらにやにや見ている気がしたから、祠にお供えの花を置くと、その夜は声を出さずに心で青森の皆のことをお願いして帰った。

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