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「またナンパされたんだ? 良いねぇ、顔が良くて」 「別に」 厨房に入ったところで、店長に声を掛けられた。嫌がらせに近いと話してみても、贅沢な悩みだと鼻で笑われるのは目に見えている。どう転んでも嫌みにしか聞こえない愚痴は、わざわざ口にする必要もない。 「まあ、そのお陰でうちの店が繁盛しているのも事実だし、どんどん顔を売っていこうよ」 資本主義というべきか、気楽なものだなと呆れを通り越して感心さえしてしまう。先程掴まれた袖に除菌スプレーを振りかけ、匂いが付かないように念入りに拭いた。 「もしかして、女の子嫌いなのかい?」 その様子を見ていた店長が、ほんの僅かに眉間に皺を寄せてから尋ねてくる。「いや、そうじゃないですけど」と口にしかけた時に、乱暴に皿が置かれた。 「おい。10番テーブル」 恰幅の良いベテランのシェフが、じっと睨むように俺を見る。何かの恨みでも含んだ口調には不快感が募る。そして「すみません」と軽く謝ると、舌打ちをされた。 「ここはホストクラブかよ」 その一言に店長が慌てて仲裁に入るけれども、今の言葉は他の店員も思っているらしかった。前に更衣室へ忘れ物を取りに戻った時に聞いたのだ。 「彼目当ての客が最近どんどん増えているよね。そのせいでこっちは肩身の狭い思いをするし」 「そうそう。この間なんて、私が接客したらあからさまに嫌な顔されたんだけど。お前じゃないって顔に書いてあったもん」 「本当。良いよね、顔が綺麗な人って。それだけで人生勝ち組じゃん」  大学生のバイト二人が、廊下で溜まった愚痴を吐いていた。行くに行けなくなって踵を返そうとした所で、また声が聞こえてきた。 「彼女がいるって公言してくれれば、少しは目当ての客が減ってくれるかもね」 「あー、確かに。けど女性嫌いなんでしょ。どんなに綺麗な人でも、能面みたいな顔で接客しているっていうか」

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