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 駅から少し離れた場所にある、レトロとモダンが融合した小さなカフェ。ここでバイトして、そろそろ2年が経とうとしていた。 「ねえ、お兄さん。もしかしてそこの学生さんですか?」 食べ終わった皿を片付けていると、隣に座るOL風の女性に声を掛けられた。白いファンデにコーラルのチークとリップ。それに甘い香水の匂いがつんと鼻をさす。首と顔の色が合っていなくて、まるで浮き出ているようだというのが素直な感想だった。 そこ、というのは道を挟んで向かいに立つ大学の事を言っているのだろう。偏差値が高く、優秀な学生が多い名門校だ。なんと答えようかと迷っているうちに、次の質問が飛んでくる。 「近くで見ると写真より綺麗。まるでお人形さんみたいね」  一緒に来ていた女性にも同意を求め、嬉しそうに手を叩く。腕に乗せる盆が傾き、危うく落としそうになった。 「お名前は何て言うの?」  彼女はちらりと俺の胸元に目を向ける。他の店員には付いてあるはずの名札がないので、不思議そうに眉を潜めた。 「すみません。私的な話はちょっと……」 「良いじゃない、名前くらい」  その”名前くらい”が嫌なのだ。珍しい名前なので、教えれば個人情報を特定されかねない。誤魔化すように笑ってからその場を立ち去ろうとしたが、ぐっと服の袖を掴まれた。 「ちょっと。無視しないでよ」 「店内混み合っていますので」 「だから早く教えてくれれば良いじゃない」  一方通行の会話にどうしたものかと困っていると、他の店員がすれ違う。「3番テーブル、早く」と呟く。そんな事は分かっているのだ。だが、面倒な客に絡まれているのだと無言の訴えを試みるが、伝わるはずもなかった。 「……田中です」 「本当ね?」 「えぇ」 「後で他の店員に聞くから」  なぜ上から目線なのだと呆れと同時にため息が漏れる。女性2人は不満げに席を立って会計に向かうので、「あの」と声を掛ける。 「言い忘れていたんですけど」 「あら、何かしら」  心なしか彼女の顔が綻んでいる。別に期待させたつもりはないのに。 「写真、消して下さいね。無許可の撮影は肖像権の侵害ですよ」  すると持っていたスマホをぎゅっと大事に抱えたかと思うと、顔を真っ赤に膨らませる。知らぬ間に盗撮されるのは日常的ではあるが、時々注意しておかないと、私生活まで支障を来す。罪の意識があるだけマシかと目をゆっくりと細めた。

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