イサナと鱗片
33. いいえ!

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 城田が訊いた。 「水族館って何?」 「ああ……この近くの水族館に、渉くんが学校をサボってよく入り浸っていると、お母様に相談されたことがありまして……」 「それは問題行動だね……。ウチではどうしようもないけど。で、その可能性がなくなったんだね」 「そうみたいです。あの、城田さん」  城田の目が鋭くなる。 「まさか氷見先生、探しに行くなんて言わないよね?」 「探しに行きます」  沙弥香は即答した。 「氷見先生、言ったはずだよね。ひとりの生徒を特別視してはいけないと」 「わかっています」 「わかっているなら、探しになんていかないよね?今日も授業があるんだよ。しかも、公立入試を控えた中3の授業があるね?」  沙弥香は唇を噛む。目をつぶり、拳を強く握る。 「……いいえ、探しにいきます。これから出勤してくる先生たちに、氷見は今日授業ができないかもしれないから、自習させてほしいとお伝え下さい。その棚に、以前作った問題集プリントがあります。それをやらせて、どなたか監督についてくださるよう、ご手配ください」 「氷見先生」  穏やかだが、圧のある言葉が、沙弥香を追い詰める。 「あの子は……渉は……孤独な子なのです。そして、とても頭がいい。悲観的に考えすぎて、自分を追い詰める。これまで、水族館があの子の逃げ場でした。それを失って……お兄さんに殴られても、どこにもいけなくなってしまった!放っておいたら、あの子が危ないかもしれないんです!」 「それなら警察や学校の先生の仕事でしょう。我々はただの塾講師です。立場をわきまえなさい、氷見先生」 「いいえ!私は行きます。寂しすぎるあの子を、私は見捨てることができない!私も寂しい子供だったから!」  沙弥香は涙が滲んでくるのを感じた。泣くものかと、歯を食いしばる。 「城田さん、ご迷惑をおかけします。よろしくお願いします」  沙弥香は城田の制止を振り切り、バッグを掴んで職員室を駆け出した。  後ろから「氷見先生!」という城田の声が聞こえてくる。  沙弥香は、足がもつれそうになりながら走った。時間は正午。晩冬の太陽が弱々しく沙弥香を照らしていた。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません