⁂ それから当然のように、早紀子は私達の中に入ってきた。 放課後も三人で遊んだ。 別に嫌ではなかった。 早紀子がいればクラスでボッチになることもなかったし。 そのうちほかの子も声かけてくれるようになって。 スクーリングも、それなりに楽しくなった。 意外に私より年上の子もいて。 深入りはしないなりに、仲良くなれた。 皆なんで来たかは話さない。 だけど、それなりにワケありって感じで。 それが居心地がよくて。 (底辺とか、そういうの決めつけてたのも、私自身) みんないい子だし、優しいし、頑張ってるし。 見下してマウントとる気にはもうなれなくて。 自分なりにみんな戦って生きてるんだって、わかった。 たまに垣間見見える影とか、ぐったりしたまま登校することか。 急に休んだと思ったら、やせて戻ってくることか。 皆それなりに苦い思いをしながら、踏ん張って学校に来ている。 だから私はお腹が痛くなっても、薬を飲んででも学校に来るようになった。 甘えて、腐った私を切り捨てたくて。 「美憂ちゃん、今日はみんなでカラオケ行こう―」 「うん、行こうか。早紀子」 自分に向かって微笑んでくれる友達を失いたくなくて。 初めて人の話をよく聞いた。 初めて共感ってものを意識的にして。 初めてのことをいっぱい感じて、学んだ。 マウントを取って笑っていいような人間なんか、いないのだと悟った。 それを知ってから、無性に過去の自分が恥ずかしく思えて。 あの頃馬鹿にしてたあの子も、きっと。影では泣いてたかもしれない。 そう思うと後悔でおなかが痛くなりそうだった。 勝ったつもりになりながら、私は負けていたんだ。 ずっと自分のみじめなプライドと汚い感情に……負けていたんだ。 ⁂ 「英寿先輩、美憂ちゃんと付き合ってるんですかー?」 早紀子が好奇心むき出しの目で聞いてきた。 そう言えば、はっきりと付き合ってはないんだっけ。私達。 「付き合ってはないけど、オレは好き」 「そうなんですかぁ」 ちらり、と私を見る早紀子。 反射的に私は目をそらす。 どこか早紀子は落ち着かない様子で英寿を見ていた。 「……そうなんですねぇ……ふぅん」 ぼそぼそと何かをつぶやいて、早紀子は消えた。 そして大量のジュースを買ってきた。何事。 「これ、あたしの気持ちです」 早紀子は叫んだ。 「ありったけのお金でジュースを買いました。それ、英寿先輩にあげます!」 「え? あ? ありがとう」 「美憂ちゃんも好きだからあげる! 一緒に飲んでいいよ」 「……あ? うん? どうも」 (なんのこっちゃ……) 「あたし、好きですから、英寿先輩の事!」 「? ありがとう早紀子ちゃん」 「大好きですから!」 そう言って早紀子は手をぶんぶん降って消えていった。 嵐のように。 あたしと英寿は、顔を見合わせて首を傾げた。 ⁂ 「そういえばさ、前さ……早紀子ちゃんが泣いてたんだよね」 英寿が帰宅中にいきなり言った。 そんな話初耳である。 「え、早紀子が?」 「色々抱えてるんだろ。早紀子ちゃんも」 「で、どうしたの? あんたは」 「傍にいて、ハンカチ渡して肩を貸してあげたけど」 「少女漫画かよ」 「だって、泣いてる後輩を無視できるかよ。美憂の大事な友達だし」 「……あっそ」 (私の大切な友達、だからか……) なんだかその言葉が無性に嬉しいのは、なぜか。 特別扱いされてるから? それってやっぱり私は英寿が……。 「まあ、だから、早紀子ちゃんを大切にしなよって言いたかったわけ。オレは」 「わかってるよ。それぐらい」 「まあ、根はいいやつだもんなあ、美憂は」 「あーもう。恥ずかしいこと言わないで」 「この照れ屋さんっ」 「うるさいっ」 「まあ、そこがかわいいんだけど」 「ああ!?」 思わず声が裏返る私。英寿は爆笑しそうな顔で私を見てる。 こんな日々がわたしの今の当たり前で。 それが恵まれてるのは、今までの経験上わかってた。 わかってたけれどもうずっとそれが続くように、錯覚してた。 楽しいだけの人生なんてないって、知ってたくせに……舞い上がってたんだ。
コメントはまだありません