これは、孤独を生きている「私」の妄想話――。
歌姫は、長らく孤独を生きている。それは、「歌姫」という名称が指し示すように歌声が特殊なものであるからだった。その歌声は、聞いた者を異常な興奮と憔悴に誘い、そこには人間らしい理性が半ば欠落し、これまでの面影の一切感じられぬ別人へと変貌させてしまうのである。そんな中に歌姫が引き起こした出来事によって町民は一様に変貌を遂げ、それからというもの歌姫は残された孤独を生きるのであった。
しかし、例外も存在している。それが「僕」である。周囲が歌声に魅せられて変貌しているとすれば、僕は歌姫本人に魅せられていて、異常な興奮も憔悴も呈してはおらず変貌も遂げていなかった。あったのは、いつか厭世を浮かべている歌姫を見た際に募らせた救済の衝動ばかりである。僕がメサイアコンプレックスを募らせたとき、それは歌姫に伸びる救いの手となるかもしれない。
これは、孤独を生きている「私」が歌姫と僕とに温もりを覚える妄想話。独り言ならぬ独り妄り。